2013年04月05日

森永泰弘氏 インドネシア滞在日記 01(1/3)

グンドノのピロー・ガムラン

自分で考え、自分なりの音を録音する。


  3月はインドネシアにいたので、そのレポート。今回はジャカルタに一週間程滞在し、南イタリアで行っているフィールド・ワークの途中成果を披露した。この仕事は、2010年よりカンパニア州イルピニア地方でフィールド・レコーディングをしてきたものをまとめている最中のもので未だ進行中のプロジェクトである。これは音響のみで映像のない映画を制作するというもので、今回はワーク・イン・プログレスで途中段階を発表するというものであった。完全に暗転した会場で聴こえてくる環境音や動物の声は、鋭い音像効果があったこともプラスになりナラティブに構成したこともあり、インドネシアの人達にも作品の趣旨がわりと理解できたようだ。私の作品はライブハウスやフェスティバルでの発表よりも映画館や劇場の方が十分に威力を発揮できる。時間に固定された音をストーリーとして伝えるためには、ライブするというよりも、上映する、あるいはサウンド・プロジェクションという言い方がしっくりくることを再確認した。

 ジャカルタに滞在後、ジョグジャカルタへ移動し、インドネシア国内で大活躍している映画監督のイファ&ディニと有意義な時間を過ごした。その後、ソロに移動してスラマット・グンドノと野外でレコーディングを数回行った。彼の即興演奏、小規模編成のユニークなガムラン(座布団にGenderを載せたグンドノのオリジナル楽器ピロー・ガムラン→写真を参照)、7人の合唱などをマイクロフォン2本しかない制限の中でどのようにして録音するか頭を抱えた。

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(グンドノのオリジナル楽器ピロー・ガムラン)

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(gundono orchestra)

特にグンドノは身体が大きいのであまり動くことができない。しかし歌っているときには首から上を左右に激しく振りながら歌う。だからマイクを固定したところで何も意味がないのである。

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(gundono)

そして今回は屋外でのレコーディングなのでアザーンや隣家からもれるTVの音、虫の鳴き声、バイクの走行音などどこからともなく継続して聴こえてしまう。本来、映画や音楽録音の世界ならばこういう音は騒音として排除されるわけだが、私はこういった環境そのものが、録音している時の「生の音」であると思っているので、グンドノの歌、演奏、環境音、人的機械音など全てを平等に聴こえても良いのではないかという問題意識で録音した。

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(gundono)

本来、録音とは「こうしなくてはいけない」という規則は何処にもないはずなのである。空間から聴こえてくる音をマイクロフォンがどのポジションから指向され時間を採取してゆくかは録音家の考えにゆだねられるべきだと思っている。自分で考え、自分なりの音を録音する、そういう考えが今のレコーディングメソッドにはあまりないと思う。だからグンドノのレコーディングでは思いっきり自分が良いと思ったように録音させてもらった。 調律の外れたガムランや屋外ならではの予期せぬハプニング、咳なんかが彼の即興演奏の即物的ダイナミズムに拍車をかけ、スタジオで録音する以上にスリリングな録音ができたと思っている。野外の時空間をマイクロフォン2本という限られた装置で録音する面白さ、サラウンドサウンドでは体験できない奥行き感を記録することができたと思っている。今年こそは彼の音楽をプロデュースできるだろう。

 このレコーディングを影で支えてくれたのが、グンドノのマネージャーであるホンゴ。彼にはスケジュールやロケーションの手配、アコモデーションなど、本当にお世話になった。ありがとう。

posted by office A/LB at 10:48| 創作過程 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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